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イギリスとフランスにおける書店と出版の歴史とは?

公開日:2014/04/29  更新日:2016/07/11
出版者と書店

印刷術が発明されてから、19世紀にいたるまでは木版印刷は行われていました。
しかし印刷の機械化が進むと、多くの書物が今までにない早さで印刷されるようになります。

この章では出版者や書店が果たしてきた役割と、本の大衆化によって生じた人々の変化について考えていきます。

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フランスにみる出版社の台頭

19世紀半ばにカルマン=レヴィ社という有力な出版社が誕生します。
カルマン=レヴィ社はレヴィ兄弟によって創設された出版社で、本の価格を引き下げることによって小説や叢書の販売を大成功に導きます。

この成功によって資金面で大きなアドバンテージを得たレヴィ社はパリのオペラ座近くに書店を開業させます。
これは出版社が紙を系列業者から買い占め、本の供給に関するあらゆる面から関与していくという意味で大きな変化でした。

日本における角川書店(現・KADOKAWA)のような手法と近い部分があるかもしれません。
小説を原作とした映画やドラマを制作する、いわゆる「メディアミックス」というやり方ですね。

有名な出版社を輩出するイギリス

一方、イギリスではマクミランやロングマンといった有名な出版社が誕生します。
ここで注目すべき点は「定価本協定」です。

定価本協定とは、出版社であるマクミランが調整役となり、書店に本を卸す際に不当な値下げをさせないよう監督するという決めごとです。
出版社としては書店に自由に価格を決められてしまうと、利益が減ってしまう可能性があります。

現在の日本でみられる本の「再販売価格維持制度」と類似していると言えるでしょう。

外国における著作権と印税はどうなっていた?

今でこそ、著作権の法整備はきちんと行われており、印税に関しても著者がきちんと受け取れるような体制が出来上がっています。
しかし当時、著作権と印税の仕組みは今とはだいぶ異なっていました。

当時、著作物は出版社が原稿を一括して買い取るという仕組みをとっており、本がいくら再版されて販売が伸びても著者には一銭も入らないという状態でした。

現在でも原稿を買い取って印税支払いは初版部数のみというケースがあります。

著作権を守るために不可欠な「海賊版」への対策

著作権に関しては著作物が国を超えて海外でも受け入れてもらうために、海賊版を排除する必要がありました。

国際的な著作権に関する協定が結ばれたのは1886年の「文学的及び美術的著作物の保護に関する条約」と呼ばれるもので、スイスで締結されました。

これによって、著作物に著作権が国際的にも認められ、本の経済体制が築かれることとなります。

書店の台頭が与えた影響とは?

19世紀の末には、さまざまな方法で本を手に入れることが可能になります。
いわゆる本を売るだけの書店だけではなく、多くの商店で日用品や食料品と一緒に本が並べられるという形態が広まったわけです。

こうした流れがありながらも、伝統的な書店は地方にも出店をし、本の文化を大衆的なものにします。

ただし、書店の広まりや本の販売はあらゆる生活の場面で見られたものの、いまだに本を販売する事にはハードルがありました。それが検閲と許可制です。

ドイツとオーストリアでは検閲システムによって投獄にあうこともありました。自由な出版が実現していたわけではなかったのです。

フランスではナポレオンが制定したシステムによって、本を販売する「書籍商」になるためには地元の行政長の免許状が必要で仕事に従事する専門的な能力を有していることを示す証明書が必要でした。

こうした仕組みは政府にとって危険な思想を排除するためにとられた方法といえます。

読者と出版社にメリットがある「連載」は19世紀からはじまった

この頃から、現在でも多くの刊行物に見られる「連載」という方法が見られるようになります。
連載小説のメリットは1つのエピソードが終わるごとに、次のストーリーへの期待や不安を読者に感じさせることで読みたいモチベーションを増幅させる事ができます。

また、著者としては行ごとやエピソードごとに支払いを受けていたため、作品がヒットすれば物語を長引かせるという手法をとります。
反対に不評な連載小説はすぐに打ち切られます。
こうした方法によって著者・出版社・読者はそれぞれのメリットを享受する事ができるのです。

 


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