書店と取次は大打撃か?アマゾンが本の直接集配で出版社との直取引を本格化

書店の衰退とともに、アマゾンは必ずといっていいほどやり玉にあげられます。

本屋でしか買えなかった本が、ネットで買える気軽さ。これを味わってしまった人は、ますますアマゾンに甘えるようになります。

今回、そんなアマゾンが日本の出版業界に追い打ちをかけるような取り組みを発表しました。それが、アマゾンによる本の直接集配です。

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アマゾンが出版社の倉庫まで行って、本を読者に届けます

アマゾンジャパンは、出版取次を介さない出版社との直接取引を広げる。自ら出版社の倉庫から本や雑誌を集め、沖縄を除く全国で発売日当日に消費者の自宅に届けるサービスを今秋までに始める。アマゾンによる直接取り引きが浸透すれば、取次や書店の店頭を経ない販売が拡大。(日本経済新聞夕刊 2017年3月22日号)

なんとも恐ろしい取り組みです。わかりやすくいえば、「アマゾンと出版社さえいれば業界をまわすことができる」仕組みです。

いままでもアマゾンと出版社の直接取引はありました。しかし、いままでは出版社がアマゾンの倉庫に商品を届けなければならなかったんですね。だから、小さい出版社とか物流機能を持たないところは直接取引に限界があったんです。

しかしどうでしょう。今回の取り組みは、アマゾンが出版社の倉庫を回って本を取りに来てくれるというわけです。そして、それをお客さんの家まで直接配送してくれます。だから、小さい出版社であろうとも関係ありません。

出版社としては利益が増えるメリットもある

出版社にとって、アマゾンと直取取引することで本を売るための物流チャネルが増えるわけですから、販売量も増えるわけです。これは単純に販売数量アップが図れるというメリットですね。

もちろんそれもありますが、もう1つ重要なポイントがあります。それは、出版取次に支払っていた手数料です。

いままでは本の価格の約10%が取次分として抜かれていました。しかし、直接取引によってこの10%が浮きます。この浮いた分は、アマゾンと出版社で分け合うことになっているのです。

だから、出版社としては取次に物流をお願いするよりも、アマゾンに頼んだほうが利益率が高くなります。

読者にとっては新刊が確実に手に入るメリットも

本が好きな人は、目的の新刊があると発売日に書店へ行って本を買ったりします。それだけ、発売日にすぐ読みたいという需要は多いわけです。

しかし、知っている人も多いでしょう。新刊発売日というのがアテにならないことを。

出版社が公表する新刊の発売日というものがありますが、ズレることがたびたびあります。あくまでも目安でしかないんです。

よほどの大型新刊(たとえば村上作品)であれば正確に本屋の店頭で買うことができますが、それ以外の本はむずかしいのが現実だったりします。

あと細かいことをいえば、新刊の入荷は午後が多いのも難点です。せっかくお客さんが朝イチで本屋に来てくれたのに「すみません、新刊が入荷するのは午後なんです」と断った経験が何回もあります。

一方、アマゾンに頼めばこんな面倒なことはなくなります。なぜなら、発売日ピッタリに自宅まで届けてくれるのですから。超ハッピーですね。

たとえ在庫切れでも1〜2日で読者まで届きます。これが取次経由だと、1週間から2週間は覚悟しなければいけません。

出版社はアマゾンにすべてを委ねてはいけない

こうして見ると、アマゾンと出版社にとっては美味しいことばかりのようにも思えます。

そして、書店と取次は時代に合わなくなったんだから、淘汰されて当然と考えることもできます。

極論を言えば、「これからの時代はアマゾンと出版社さえいれば、出版業界は上手くまわる」ことになるでしょう。

もしここで、出版社が自分たちの旨味だけを考えて、書店と取次を無視したらどうなるでしょうか?考えられるマイナスポイントはいくつかありますが、わたしが思う決定的なデメリットは出版の多様性が確保されなくなることです。

物流をアマゾンに一任するということは、すべてはアマゾンの気分次第ということになります。出版社はアマゾンに依存することになりますから、アマゾンがへそを曲げたら本を読者に届けることができません。

また、アマゾンにとって都合が悪い本は売らない(集配しない)、取引条件が悪い出版社は相手にしない、などの事態が発生すると出版の多様性はかんたんに崩れ去ります。アマゾンのメリットにならない出版社はどんどん切り捨てられる可能性も十分あるわけです。

一見すると便利なアマゾンの直接取り引きですが、じつは大きな危険を孕んでいるのです。わたしたち読者にとっては便利なことばかりですが、これはあくまでも短期的なメリットにすぎません。

本を読むことの楽しさ、ひいては自分たちの表現の自由をアマゾンに全任することのリスクについて、わたしたちはあらためて考えなければいけないのです。