出版・書店業界がわかるWebマガジン KOTB(ことびー)

知りたいキーワードを検索

なぜ「anan」なのか?雑誌名の由来を徹底解説!

公開日:2014/02/17  更新日:2016/06/21
anan

日本を代表する女性誌の1つ『an・an』。
今回はそんなan・anの歴史と由来、特徴について紹介していきます。

結論から言うと、ananという雑誌名はモスクワ動物園のパンダの名前「アンアン」に由来しています。
しかし、その裏側にはちょっとした逸話があることは意外と知られていません。

スポンサーリンク

男子高校生が応募した名前が採用になった裏側では…?

もともと「anan」という雑誌名は、創刊時に読者応募によって決められた名前です。
選考の結果、男子高校生が応募した「アンアン」という名前が採用されました。

男子高校生曰く「『五十音の最初と最後を並べて”アンアン”とした』」というのが、命名の由来なのだそう。

しかし、じつは当時モスクワ動物園にはアンアンというパンダが飼われていました。
anan編集部は当初、このモスクワ動物園のアンアンに由来して名前を付けようとしていましたが、”たまたま”読者応募でアンアンという案があったので、そちらを採用したようです。

真偽のほどは定かではありませんが、ananの由来は「モスクワ動物園のパンダの名前」というのが通説となっています。

ananの基本データについて

an・an』とは、株式会社マガジンハウスが毎週水曜日に発行する女性週刊誌です。
創刊は1970年3月20日。日本雑誌協会によれば、2011年〜2012年の発行部数は約21万部とされています。

扱う内容はファッション、メイク、恋愛、ダイエット、映画や音楽、占いなど幅広く、中でもセックス特集は他の雑誌との差別化に一役買っています。
表紙には女優・モデルやジャニーズ、時には無名アイドルを起用することもあります。

an・anはどのようにして生まれたのか?

an・anのはじまりは、マガジンハウスが発行していた雑誌『平凡パンチ』の女性版という位置づけでした。1969年に平凡出版社(現マガジンハウス)の岩堀喜之助社長(当時)が清水達雄専務をともない、パリへと向かい、フランスの女性週刊誌『ELLE』と提携契約を結びます。

『ELLE』はフランスの出版社の発行する女性ファッション誌で、アートディレクターの導入などにより「an・an」に多大な影響を与えたと言われています。

そして、『ELLE』のライセンスマガジンとして創刊されたのが『an・an ELLE JAPON(アンアン エルジャポン)』です。

『an・an ELLE JAPON』は芝崎文編集長、堀内誠一をアートディレクターに迎え、創刊号には金髪の外国人モデルを起用。
ビジュアル、内容ともに、既存の女性ファッション誌とは一線を画すエポックメーキングな雑誌の登場でした。

an・an創刊時のターゲットは10代〜20代の女性で、ファッション誌としての色が強い雑誌でした。

anan創刊号

『an・an』創刊号
(出典:FASHION HEADLINE)

”スタイリスト”という職業を生み出した『an・an』

当時、ファッション雑誌は巻末で洋服の作り方を型紙とともに掲載するのが主流でした。つまり、非常に実用的な内容を紹介するのがファッション雑誌の在り方だったわけです。

しかし、『an・an』は最新のモード服のコーディネートを提案するのを雑誌のテーマとし、現在の雑誌では当然とされている事を初めて取り入れた雑誌といえます。

そうした経緯から誕生したのが「スタイリスト」です。

洋服の作り方ではなく、コーディネートを提案する雑誌としてスタイリストの存在はananにとって不可欠でした。
an・an』は原由美子、高橋靖子などの有名なスタイリストを輩出。また、起用するモデルも個性的なキャラクターかつ親しみやすく、こうした点が既存の雑誌よりも若者に受け入れられた理由といえるでしょう。

洋服を「作る」ことから「コーディネートするもの」へ

先にも述べたように、当時のファッション雑誌はおしなべて洋服を「作る」という点に主眼が置かれていました。
装苑』などの雑誌は洋服の製作を中心に扱っていましたが、『an・an』は既製服(プレタポルテ)をメインに扱い、ファッション業界の動向などを誌面に反映させていました。

ショップガイドや、紹介されている洋服のショップやメーカーなどの情報を掲載することで読者と洋服の間を取り持つ役割を担いました。

競合誌『non-no』の登場

日本のファッション雑誌に多大な影響を与えたan・anですが、そんなan・anの登場から1年3ヶ月後の1971年に集英社が『non・no』を創刊します。

non・noan・anに比べてよりポピュラーなファッションを扱い、誌面で紹介されている洋服のブランド名や特徴、価格などを掲載し、アイテムごとのカタログ的要素を持たせることで多くの読者の支持を得ました。

このカタログの手法はすぐにan・anも取り入れることになり、雑誌のカタログ的要素は多くの雑誌に波及する事となります。

non・noは発売後、急速に売り上げを伸ばし、non・no発行部数は短い期間に100万部を超え、an・anを追い越します。

non・noが「お嬢様風」などのジャンルによって広く受け入れられる反面、an・anは知的で高級なハイブロー志向であったため一般女性向けではないとう評判がありました。

そんな中、an・anはnon・noとの競合を避けるため、提携誌の『エル』に合わせるかたちで1981年に発行サイクルを月2回から週刊誌へと切り替えます。

日本初のウィークリーファッション誌として再出発を遂げたan・anの発行部数はそこから大きく伸び、路線変更は成功をおさめるのです。

アン・ノン族

『non・no』創刊号
(出典:日経トレンディネット)

an・an + non・no = 「アン・ノン族」

こうしてそれぞれの雑誌が多くの読者に支持される過程で、流行語とも言える言葉が生まれます。
それが「アン・ノン族」です。

1971年の当時、国鉄(現JR)が行った旅行キャンペーンによって、雑誌には旅行に関する特集が多く組まれました。
an・anやnon・noは特集の中で、たびたび国鉄とのタイアップキャンペーンを行い、その特集に感化された女性がこぞって日本国内に旅行をするようになります。

京都や北海道、鎌倉、軽井沢などの各地を雑誌の案内通りに旅をする主体性のない女性達を揶揄する意味も込めてつけられたのが「アン・ノン族」という名称だったのですが、アン・ノン族は女性の行動範囲を広げる大きな社会現象となり、女性のライフスタイルを変えるキッカケとなりました。

an・anの特異な内容で共感を呼ぶ「特集」

ファッション誌として産声をあげたan・anですが、冒頭で紹介したように現在ではファッションというよりもライフスタイル全般を扱う雑誌へと変化を遂げています。

an・anの中で組まれる特集はたびたび他のメディアでも取り上げられ、大きな反響を呼ぶ事があります。
その中でまず有名なのが「好きな男・嫌いな男ランキング」です。

これはan・anが独自のアンケートによって好きな男性芸能人と嫌いな男性芸能人をランキング形式で発表する人気企画です。
2009年以降は休止されていますが、ここで発表される結果が芸能人の知名度やイメージに大きな影響を与えました。

他にan・anで組まれる有名な特集に「SEX特集」があります。
毎年8月の第1週に女性週刊誌としては珍しい「性」に関する特集が大きく組まれます。

この特集の中では「性に関する知識」をはじめ、男性有名人のヌードグラビア、AV女優の官能ビデオ、官能小説、自慰行為講座にいたるまで取り上げられます。

こうした他の女性誌とは一線を画す内容がan・anのブランド価値の向上につながり、多くの読者からの支持が集まっているといえそうです。

 


  • Webマガジンの購読はコチラ

  • 新着記事

  • 記事カテゴリ

  • コトビーのライター募集
  • コトビーの本屋PR大作戦
  • コトビーについて