読書家であることを自慢する大人にロクなやつはいない

みなさんは本で読んだことをどれくらい覚えていますか?

わたしはけっこう忘れてしまうほうなのですが、やはり面白かった本は記憶に残っています。

友達なんかと話していて「いまならアノ本で学んだ知識を披露できるぞ!」という局面って意外と多いのではないでしょうか。

でも、せっかくドヤ顔で話しても「本で学んだことそのまま」だと、どうしても”受け売り感”が滲み出てしまいます。

まわりからすればそんなことどうでもいいんでしょうが、自分が納得いかない。粋じゃない。

自分のモノにした知識、自分が自然に身につけた知識なんだということを何とかして伝えたいわけです。

ですから、まわりの友達や仕事仲間に自分の持っている知識を披露するときには、できるだけ”受け売り感”を消す必要があります。

どうすれば本で学んだことをカッコよく、イヤミなく披露できるのでしょうか?




失敗した例〜セクシー女優について熱弁〜

以前、友人と飲んでいたときの話です。

おそらく多くの飲み会がそうであるように、飲み会が中盤から終盤に差し掛かると「シモ」の話になってくるわけです。

参加していた飲み会でも、中盤以降は例外なくシモの話になりました。

そこまで積極的に話すのはためらわれますが、セクシー女優の話になったときのこと。

いま出演している人はキレイな人が多い、昔では考えられない!といった話になったわけです。

そこで、わたしはとっておきの知識を披露したいという衝動に駆られ、熱弁をふるいました。

  • 「いまは供給が増えすぎていて、女優のギャラが下がっている」
  • 「単体で出られるのは、ほんの一部。ほとんどが企画もので、名前が出ることもない」
  • 「高校の頃から女優を目指していた人が、いまやトップ女優となっている」
  • 「女性が憧れる職業の1つになりつつある」

あまりにも具体的かつ熱いトーンで話をしてしまったため、まわりはポカンとしています。

思わず熱弁をふるってしまったために、わたしはまわりのことが見えていなかったのです。

まわりの人はちょっと引きながら「…え、なんでそんなに詳しいの?」と聞いてきます。

「(やばい、これじゃただの変態に思われる)」と感じたので、とっさに「ほ、本で読んだんだよ!」と言ってしまったのです。

決して嘘ではありません。こんな本を読んでいました。

本を読んで知ったことを公言するのは粋じゃない

ピンチを感じたので、思わず「本で読んで知った」と言ってしまった。これほど無粋なことはありません。

理屈云々ではなく「本を読んだから知ってるんだ」と言ってしまうのは粋じゃない。

わかりやすく言えば「最近、本を読んでるんだー」と自慢してくる人を信用できない心理と似ています。

ダサいですよね、自分が伝えた情報の出どころを伝えてしまうのは。

有吉弘行に学ぶ「博識たる自分の見せ方」

もう1つ例を挙げましょう。

いまや芸能界で毒舌キャラとして名を馳せている芸能人の1人に、有吉弘行さん(以下、有吉)がいます。

有吉さんは相当量の本を読んでます。雑誌もかなり読んでいます。

しかし、そのことをテレビで言うことはほとんどありません。最近は読書芸人がフィーチャーされますが、そことは一線を画しているのです。

企画として「読書」が扱われている番組では本好きを全面に出すのは当然ですが、そうでないときは読書好きを封印しています。

もし有吉さんが読書家であることを全面に押し出したら一体どうなるでしょうか?
きっとここまで世の中の支持は得られなかったはずです。

有吉さんは本を読んでいることを言いません。というより言いたがりません。

なぜなら「人からどう見られるか」を非常に気にしているからです。
読書家であることが知れ渡ってしまうと、自分の意見が ”陳腐化してしまう” ことをよく理解しているからです。

気にしていない風に見せて、本当はものすごく気にしているのです。

もちろん「本を読んでいる自分」を公言することで、それが仕事につながったり評価につながることはあります。
さきほどの読書芸人が良い例です。

自分の立ち位置というものが誰にでもあるはずですが、わたしは「本を読んでいる」ことを言ってしまうのは無粋だと思います。

初デートで素敵なお店に連れて行って「ここよく来るの?」と女性に聞かれたとき「食べログで調べた」と行ってしまうのは粋じゃない。

同じことです。

本を読んでいながら、本を読んでいない風に見せる。知っていることを、さりげなく表現に織り交ぜる。

これは、「粋」を体得していくうえで非常に大切なステップとなるでしょう。