なぜ人は「自己啓発書を読んでる」と言うことに恥ずかしさを感じるのか?

本を読むのは良いこととされています。なぜなら、知識を得ることができますから。
そして、人は本を読むことを時として「誇り」に感じることすらあります。

「最近◯◯の本を読んでるんだよねー」てな具合に、ちょっと自慢気に友人に話すこともありますよね。

しかし、本のなかには「読んでいることが恥ずかしい」とされるジャンルがあります。
その際たる例が自己啓発書です。

私のまわりにも多いですが、「自己啓発書なんて絶対に読まないよ」という人が一定数存在するんですね。

かくいう私は、自己啓発書のたぐいが好きなのですが、一方で読むことに恥ずかしさがあるのも事実です。
なぜ人は自己啓発書を読んでいるという事実に恥ずかしさを感じるのでしょうか?




ビジネス書、と言い換えて逃れる手口

私は基本的にどんなジャンルの本でも読むのですが、圧倒的に多いのはビジネス書です。
出ました。ビジネス書。

ビジネス書という言葉は便利です。ビジネス書は自己啓発書や経営書、さらには資格書までを包含します。
つまり、ビジネス書で括っておけば範囲が広いので、逃げ道が作っておけるわけです。

ビジネス書のなかに含まれる「自己啓発書」というのはけっこう内容が特定されるジャンルの呼び方です。
わかりやすくいえば、たとえば「一流の◯◯〜」とか「人生で大切な◯◯」とか「◯◯すると一生が変わる」といったタイトルの本が自己啓発書です。

自己啓発書というのは、ビジネス書という大きい概念に含まれるジャンルなので、自己啓発書を読んでいてもビジネス書という広い括りにしておいて”とりあえず”逃げておくことができます。

なぜ逃げておく必要があるのかというと、相手の嗜好に合わせて会話をコントロールすることができるからです。

たとえば、相手から「あなたはどんな本を読んでいるの?」と聞かれたときには「ビジネス書だよ」と答えておきます。

そして相手が「えー自己啓発書とか読んでんだ(-.-;)」とちょっと引き気味だったら、「いや、経営書を読んでいるんだ」と答えることができるわけですね。

反対に相手が「じゃあ自己啓発書とかも読んでるの?(*^^*)」と目を輝かせて質問してきたときには、「そうそう、最近は『超一流の◯◯』を読んでるよ。これはね…」と話を続ければいいのです。

つまり、「ビジネス書」と答えておけば相手の反応に合わせて臨機応変に対応ができるようになります。

自己啓発書が恥ずかしいのは「弱点」がバレるから

自己啓発書が恥ずかしいものとされる理由は、自分の弱点がその本にモロに反映されてしまうことにあります。

たとえば、会話に関する本を読んでいる人がいたとしましょう。おそらく、その人は会話が苦手だから会話術の本を読んでいるはずです。

あるいは習慣力を身につける本を読んでいる人がいれば、きっとその人は3日坊主なはずです。

恋愛術の本を読んでいる人がいれば…。

つまり、相手が自分のことを語るまでもなく、読んでいる本を見るだけでその人の抱える問題が露見されてしまうのです。

電車内でカバーをかける本・かけない本で分類するとわかりやすい

自己啓発書には、いまの自分の弱点が如実に表れるということを説明しました。
その弱点の度合は、電車のなかでカバーをかけたい本かどうかによって測ることもできます。

自分の弱点が、人に言えない恥ずかしいものであればあるほど、電車ではカバーをかけたくなるはずです。

たとえば、『事業計画書の書き方』という本であればそこまで恥ずかしさはないでしょう。
しかし、これが『年下の若い女の子との会話を弾ませる技術』という本だったとしたら、かなり恥ずかしいですよね。

まず自分は年下と話す能力が劣っていること、そして何らかの下心を感じざるを得ない本だからです。

とはいえ、なかには自己啓発書であれなんであれカバーもかけずに電車のなかで読んでいる強者もいます。
そういった人は本当に純粋なのか、あるいは「いま自分はこんなことで悩んでますアピール」をしたい人かどちらかです。

人の目などを気にせず、堂々と自己啓発書が読めるようになりたいものですね…。