なぜ破るのか?”学校史破損事件”に見られる共通点

模倣犯という言葉があるように、なにか印象の強い事件が起こると、それが立て続けに発生することがあります。

世の中には悪目立ちして注目を浴びたいと考える人が一定数いるわけですが、今回起こった”学校史”の切り取り事件はまさにこの典型なのではないかと考えることもできます。

各地の図書館で相次いで見つかった、学校史の本などが切り取られる被害は、その後、東北や九州などでも確認され、NHKのまとめで、これまでに全国の17の県の51の図書館に上っています。日本図書館協会は全国の公立の図書館に連絡して緊急の調査を進め、警察は器物損壊の疑いで捜査しています。(NHKニュースWeb)

これだけの被害が起きているわけですから、模倣犯による愉快的な犯行ではないか?と見ることもできます。

自分の学校であれば利用しやすいですし、比較的人が少ない図書館であれば犯行にも及びやすいでしょう。

しかし、じつは単純な悪目立ちによる模倣犯の仕業とも言い切れない理由があります。それは、犯行に共通点があるからです。

切り取られたのは、いずれも学校のクラスの集合写真や体育祭など学校行事の写真のページが多いという共通点があります。ページの中の写真だけ切り取ったケースも目立っています。なぜ写真のページばかりが切り取られたのか関係者も首をかしげています。NHKニュースWeb)

単純に世間を賑わせたい、目立ちたいという理由であれば、単純に学校史を破るだけでいいかもしれません。

しかし、写真ばかりが狙われているという共通点を見る限り、そこには意図して犯行に及んでいる背景が見て取れます。

もちろん模倣犯的な側面もあるでしょう。ニュースを見て、

「なるほど、学校史にはいろいろな写真が載っているのか。自分も破って手に入れよう」

と考える人もいるかもしれません。

本を破るというのは、その感触的な理由(やぶるのが容易)という意味において心理的なハードルが低いのかもしれません。以前から問題になっている貸し出し図書への書き込みの延長線上といってもいいでしょう。

どんな事件にも共通して言えることですが、報道が過熱することは模倣犯を生み出すことにもつながります。

報道で事件を知らせることが重要なのはもちろんですが、報道することで犯行が増えるという側面も忘れてはいけないはず。

いずれにしても、学校史は過去を振り返るための貴重な資料であることに変わりはありません。

写真が欲しいのなら、破るのではなく、カラーコピーをとる。こんな単純なことも理解できない人間が、これ以上増えないことを願うばかりです。

とはいえ、なかには「公共の場所に自分の写真があることが許せない」と考える人もいるはず。

しばらくは学校史を閲覧できない状態にする、というのがひとまず取れる対策なのかもしれません。