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これも芸術のため?嶽本野ばらのドラッグ使用、新文化インタビューに違和感

公開日:2016/09/23 
カテゴリ:出版業界ニュース
嶽本野ばらが薬物使用で逮捕

「作家と薬物」というのは、よく耳にする話です。
いまでは忘れ去られていますが、数々の大物作家や芸術家がこれまでに薬物使用で逮捕されています。

逮捕され、起訴されても初犯なら執行猶予がつく。こうした刑罰の甘さが、人を薬物に走らせる一要因になっているのでしょう。

また、どうやら「創作活動のためなら薬物使用も仕方がない」という風潮が、作家の周辺にはあるようです。

その証拠に、新文化(9/15号)では作家・嶽本野ばら氏の薬物使用について、肯定的なニュアンスの記事が掲載されています。

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ドラッグを使用した上での創作はありましたか?

問題の記事は、「『薬物と創作』そして今後の活動… 作家・嶽本野ばら氏に聞く」と題したインタビュー記事です。

記事のなかでは新文化の記者による質問に、嶽本氏が回答するかたちで話題が進みます。

結論から言うと、わたしはこの記事を読んで大きな不快感、そして「作家が薬物を使うのは仕方ない」という価値観に大いなる危機感を感じました。なぜなら、この記事の書き方は作家による薬物使用を認めるかのようなニュアンスが含まれているからです。

特に気になったのは、嶽本野ばら氏の回答ではなく新文化記者による質問内容です。
たとえば、以下のような質問を記者は試みています。

ドラッグを使用した上での創作活動はありましたか?

薬物を使った芸術家は古今たくさんいます。野ばらさん自身、作品でそうした人々への言及もされてきましたが、元々憧れのようなものはありましたか。

そもそも、この記事の本旨が「薬物と創作」ですから、こうした質問がないことには文章が成り立ちません。

しかし、「薬物を使ってみて、創作活動にどんな変化が起こったのか?」という興味を示している以上、これは断じて許される内容ではないと思います。なぜなら、前提が狂っているからです。

作家が薬物使用に至った背景や動機は、ファンにとっては知りたい内容かもしれません。ですが、そうでない立場からすると薬物と創作活動の因果関係を肯定的に捉えている記事と考えざるをえません。

これを読んだ薬物使用予備軍は、良い動機を得たとばかりに薬物使用に走る可能性も十分に考えられます。

新文化記者の質問に対して、嶽本野ばら氏は以下のように答えています。

文学、音楽、絵画。芸術的なものにかかわる人、なおかつ自分が好きな人のことを調べると、ドラッグを使っている人がやたら多い。だからやっぱり「隙きあらば使ってみたい」という気持ちはありましたね。正直、実際に使っていても「芸術活動の一環」というような罪悪感のなさがありました。

出版業界を代表する専門誌がこうした内容を取り扱うことについて、大変な疑問を持ちます。

ドラッグがないと作品が作れない?それなら辞めちまえ

なぜドラッグを肯定的に書く記事に不快感、違和感を覚えるのか。その理由は言うまでもなく、薬物使用は法律に違反しているからです。

いい作品が作れるなら、薬物を使っても良い。こうした考えは、作り手の一方的なエゴでしかありません。

そもそも、薬物を使わなくてもいい作品はたくさん生まれているし、薬物を使って発狂した人間が交通事故を起こしたり、人を殺したりしている現状があります。

薬物使用者による犯罪に巻き込まれ、絶望の涙を流している人はたくさんいます。人も死んでいます。それなのに薬物使用について肯定的とも捉えられるような書き方をしてもいいのでしょうか。

人の命より、芸術作品を生み出すことのほうが重要だと考えるのであれば話は別です。しかし、一般的な倫理観念からいえばそんな価値観をまかり通るわけがないでしょう。

薬物使用は芸術活動の一環?そんなバカげた考えを持っているのであれば、芸術活動なんてさっさと辞めてしまえ。

嶽本野ばら氏は薬物治療を継続しているようですが、今回の「薬物と創作」を肯定するかのような記事が世の中に出回る限り、薬物中毒者の撲滅は不可能でしょう。

 


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