先輩(わたし)は本を読む。
でも、後輩は本を読まない。
後輩はどうやら自分を天才であると、勘違いしている様子である。
それは、表題の発言によって発覚したこと。
たしかに、言われてみればそうだ。
きっと生来の天才は本の力なんか借りる必要がない。
自分自身の持って生まれた価値観や考え方が本にすらなるのだから。
とはいえ、わたしは後輩を見捨てるわけにはいかない。
だって、後輩はどう考えても天才ではないことが明らかだからである。
なんとしてでも、後輩を正しい道へ引き戻さねば…。
- 「あ、先輩。おはようございます〜」
「おはよう〜」
「今日、ものすごい寝不足なんですよね」
「おお…そうなんだ。なんで?」
「ずっと夜遅く、明け方までネット三昧です」
「ネット?なに調べてたの?」
「昨晩、なぜか部屋に1匹のコオロギが紛れ込んでしまったので、撃退方法を調べていました」
「解決した?」
「それがなかなか検索でヒットしなくて」
「なんて調べたの?」
「【コオロギ 弱点】です」
「それはヒットしないでしょ。グーグルも想定外の検索ワードだよね」
「他に思いつかないんですもん」
「【コオロギ 弱点】ってさ、打倒コオロギ!っていう高ぶりがないと浮かばないよね」
「ええ、まあ」
「いまを生きる人間は打倒コオロギ的状況はないんだよ」
「たしかに、ただの虫ケラですものね」
「だからほら、もっとさ、【コオロギ 家から追い払う】とかあるじゃない」
「なるほど〜。僕はコオロギと正面から向きあおうという気持ちが出すぎてたんですね」
「そうそう、もっと効率的に撃退したいよね」
「さすが、やっぱり検索ワードを言わせたら先輩の右に出る者はいませんね」
「うん、まあね」
「やっぱり右に出させないための秘訣とかあるんですか?」
「いや、右に出る出ないは表現的なものだからね。まあ、ふだんわりと本を読んでるから語彙力はまあまああるのかもね」
「ごいりょく?ってなんですか?」
「そこからか。語彙力ってのはどれくらい言葉を知ってるかっていう力のことだよ」
「なるほど。僕もその語彙力ってやつを鍛えたら、もっと検索に強くなりますかね?」
「うん、少なくとも【コオロギ 弱点】って調べることはなくなるはずだよ」
「じゃあ、やっぱり本を読まないといけませんかね?」
「それはもちろん。読むのはいいことだよ」
「でも先輩、天才って本なんか読まないですよね?」
「うん、まあ、そうかもしれない」
「やっぱり僕は【コオロギ 弱点】で答えを探し求めたいと思います。自分に嘘はつきたくないんで」
「わかった。もういいよ」
わたしは、後輩に本の魅力を伝えるキッカケをつかんだと思った。
インターネットでの検索用語を皮切りに、これなら後輩も本を読んでくれるにちがいない!そんな期待を一瞬でも抱いた。
でも、相手は強敵だった。1匹のコオロギが室内に紛れ込むという状況を生み出す能力と、【コオロギ 弱点】の発想力。
よく考えてみると、後輩は天才なのかもしれない。
まだまだ、わたしには後輩を本の世界に誘えるだけの力はない。
この天才を大事に育てつつ、これからも本の魅力を伝える方策を考えていきたいと思う。