プリント・オン・デマンド(POD)という言葉を耳にする機会が増えました。
PODは本の注文・印刷を1冊から受け付けることができる仕組みで、絶版という考え方が絶滅する可能性を秘めています。
有名なところだとAmazonのPODがありますが、2017年6月からは楽天でも受付をスタートしました。
PODを活用すると、もしかしたら本屋と出版社が1つになる可能性があるかも?誰もが自由に本を出版して、作家になれる時代が来る?
ということで、PODのメリットとデメリット、問題点や課題について解説したいと思います。
絶版の本でもスグに印刷して読むことができる
あらためてプリント・オン・デマンド(POD)について解説しておきましょう。
PODとは、必要に応じて1冊からでも本を印刷できる仕組みです。たとえその本が絶版であったとしても、印刷データがあれば製本まで完了します。
通常の出版印刷はある程度のロット数(たとえば数千部や数百部)が必要で、まとまった部数が求められました。
それはそれで印刷コストが安くなるメリットがあるのですが、まとまった数しか印刷できないので小さな(1冊だけ欲しいといった)ニーズに対応できません。
絶版になるということは、ほとんどの人が必要としない本である可能性が高いわけですが、「わたしはこの本が欲しいのに!」というケースも存在します。
「読みたいと思ったのに、絶版だった…」という経験をしたことがある人は多いでしょう。
こうしたニーズに応えられるのは、プリント・オン・デマンドの大きな魅力です。
欲しい本をわずか30分で手渡すことも可能
PODは印刷機を使った印刷に変わりはありませんが、少部数を印刷できること、そして印刷技術が発展したことで短時間で製本まで完了させることができます。
そのため、印刷から製本、そして実際に読者が本を読み始めるまでの時間を圧倒的に短縮できるわけです。
これまでの印刷(オフセット印刷)は、いわゆる”版”が必要だったのですが、PODでは不要となります。
PODの早さがわかる1つの例として、「三省堂書店オンデマンド」というサービスがあります。
これは三省堂書店神保町本店に設置されている製本機を使って注文された書籍を1冊ずつ印刷するサービスで、なんと注文から最短30分で本をお客さんに手渡すことが可能です。
もちろん、印刷データがある本に限りますが、絶版本があっという間に手に入ってしまいます。
出版社の在庫リスクが激減し、販売機会の損失もなくなる
わたしたち消費者が知る機会はほとんどありませんが、出版社は倉庫に大量の在庫を抱えています。
そのなかには当然、売れずに”死蔵”となっている本もたくさんあり、結果的にそれが在庫コストになってしまいます。
なぜ出版社が絶版をするのかといえば、こうした在庫を抱えきれないからに他なりません。
ここにプリント・オン・デマンドを投入したらどうなるでしょうか。
出版社は売れない本の在庫を抱える必要はなくなります。読者から注文があった本を、必要な分だけ印刷すればそれでOKだからです。
このように、出版社はムダな在庫を抱える必要もなくなり、絶版となった本を継続して販売できるメリットがあります。
無敵に見えるPODはマイナスポイントも多い
ここまでは夢のようなサービスとして紹介してきましたが、残念ながらプリント・オン・デマンドには課題もあります。
- ・POD用の書籍データを出版社が制作する必要がある
- ・書店は高額な専用印刷機を導入しなければいけない
- ・導入しても投下資金を回収できるとは限らない
- ・1冊あたりの印刷コストが通常より高い
- ・ハードカバーの本は製本できない
POD用の書籍データを出版社が制作する必要がある
さきほどから少しふれていますが、PODで製本するには書籍のデータが必要です。
その書籍データはこれまで紙の本で使っていたデータを流用できるわけではありません。プリントオンデマンド向けのPDFの仕様条件に合わせる必要があるのです。
そのためには、画像編集ソフトなどで時間をかけた作業が求められることもあります。つまり、データを加工したり、作り直したりする手間が発生します。
こうした作業コストが発生することから、どの出版社でも気軽に導入できるわけではないのです。
書店は高額な専用印刷機を導入しなければいけない
さきほど説明したとおり、PODはアマゾンや楽天といった大手だけでなく、個人経営の書店でも導入することができます。
つまり、専用印刷機と書籍データさえあれば、極端な話だと個人でも使うことが可能なのです。
しかし、そこでネックとなるのが専用印刷機にかかるコストです。簡単にいえば、印刷機の価格が高いということ。
プリント・オン・デマンド印刷に必要な印刷機の価格は数十万円〜数百万円とピンきりですが、決して安くはありません。
ただでさえ経営状態が厳しくなっている書店が、これだけの費用を払うことに二の足を踏むのは当然です。
導入しても投下資金を回収できるとは限らない
せっかく高価な印刷機を導入しても、もとが取れない可能性もあります。
「さあ、PDOで何でも印刷しますよ!」と言っても、お客さんから注文がなければ当然売り上げは立たないからです。
絶版が印刷できたり、在庫リスクを減らせるというメリットはありますが、そのメリットを吹き飛ばすほどの損失が出てしまっては意味がありません。
1冊あたりの印刷コストが通常より高い
どんな生産物にも共通することですが、大量生産をすることで1つあたりの費用は低くなります。いわゆる「スケールメリット」です。
極端にわかりやすい例で説明してみましょう。
100万円の印刷機で1冊しか本を刷らなければ、その本の価格を1冊100万円にしないとコストを回収できません。
しかし、1000冊刷ることができれば、1冊あたりの価格を1000円に下げることができます。
私たちがふだん読んでいる、通常の大量印刷(オフセット印刷)で作られた本は大量に刷られているので安いのです。
しかし、PODはそもそも少部数を前提としたビジネスですから、1冊あたりの価格が高くなってしまうというわけです。
ハードカバーの本は原則、製本できない
プリント・オン・デマンドで作られた本は、言葉を選ばずに言えば「安っぽい」です。
なぜなら、プリント・オン・デマンドは原則として上製本(ハードカバー)の印刷ができず、並製本しか印刷できないから。
印刷機の印刷品質によって差はあるでしょうが、わかりやすくいえば”コンビニで売られている廉価なマンガっぽい質感”となるのがプリント・オン・デマンドのデメリットです。
本屋と出版社を1つに合体させることはできるのか?
プリント・オン・デマンドがあれば、作った本をそのままお客さんに販売することができます。
つまり、出版社として本を作りながら、本屋として本を販売することが仕組み的にはできてしまいます。
これができると、本の売り上げ分を総取りできるので、ビジネスとしてはかなり美味しいですよね。
ここでは、いくつかの事例を想定して、本屋と出版社を1つに合体できないか検証してみましょう。
大手出版社がPODを導入して本屋を始める
たとえば、講談社がPODを使って印刷から販売までスタートさせる「講談社書店」をオープンさせるとしましょう。
自社のコンテンツは申し分ありません。ベストセラーもたくさんあります。
それなら、PODを使った本屋も大成功するのでは?もう講談社は本屋を介さないで生きていける?
答えはノーです。
さきほど説明したとおり、PODは少部数に特化したモデルです。PODで数千〜数万部刷る必要はなく、わざわざ本屋を開く必要もありません。
そんなことをするよりは、大量の売り上げが見込める本をオフセット印刷で安価に作って売ったほうがいいですね。
作家が出版社に頼らず、自分でPODを使って書店をオープン
自分の本を出版したいと考える人はたくさんいます。
でも、その夢が叶わないのは出版社にとって売れる本と判断されないからです。あるいは、運が無いだけという可能性もありますね。
ということは、PODを使って作家になる夢を自分で叶えてしまうという方法があります。
つまり、面白い作品を書いているのに日の目を見ない作家が、PODを導入して本を販売するという方法です。
自費出版に近いやり方ですが、これは大いにありです。というか、実際にPODで成功している作家はたくさんいます。
もちろん、何部売れるかにもよりますが、本を売りまくって損益分岐点を超えてしまえば、これほど美味しいビジネスはありません。
ただし、実店舗を構える書店はコストがかかるので、現実的ではないですね。Amazonや楽天を通じて販売をすることになるでしょう。
個人の小さな本屋がPODで成功するには?
PODの作った本だけの販売に特化した本屋はどうでしょうか。
攻め方としては「絶版本ならおまかせ下さい」というコンセプトでお店を開くという方法があります。
絶版本を求める読者を集めて、自店舗で印刷をし販売をすることができれば、そこで利益が生まれます。
ただし、絶版本を求めるだけなら、わざわざその本屋に行く必要はありませんから、それ以外の”+α”がないと生き残れないでしょう。
では、カフェに専用印刷機を設置して、「あなたの本を売りませんか?」というコンセプトで、「カフェ + POD + 本屋」というモデルはどうでしょうか。
これなら収益源を分散させることができるので、POD専門の本屋よりは商機がありそうです。
規模の小さな会社やお店がPODを導入するのはむずかしい
いまのところPODで成功しているのは、ネット印刷を専門としている業者か資本の大きな会社(Amazon、楽天、チェーン系書店など)だけです。
つまり、書籍のPODだけで利益を上げて生き残るのはむずかしいということです。
現段階では、資本の小さい会社や個人がPODを導入して利益を上げ、それを収益の柱にするのはむずかしいでしょう。
ただし、将来的にPODの専用印刷機の価格が下がり、なおかつ大量印刷が可能になれば商機は出てくるかもしれません。
プリント・オン・デマンドの需要は今後増えていくと見込まれるので、近い将来に向けた準備はしておいた方が良いでしょう。